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御供所の寺社仏閣

葛城地蔵かつらぎじぞう

福岡市博多区上呉服町5-147
葛城地蔵

「将軍地蔵」が祀られたこの地の守り神。御供所の隠れた名所。

葛城地蔵尊は、延喜年中(901~923年)に地中より発見された梵字が刻まれた石を、冷泉津の「富士見坂」を選地して地蔵尊としてまつったと伝えられています。

山伏が鎮護国家のため春に行う峰入(みねいり)を『葛城入峰(にゅうぶ)』と言いましたが、この時必ずこの地で法華経を詠むため「葛城地蔵」の名を称するようになったと言われています。

天文の頃(1532~1555)博多津に疫病が流行した時、熊野権現を勧請し悪魔退散の祈祷を行い、後に強い将軍地蔵として葛城地蔵に合祭されたとされています。

将軍地蔵は馬に乗り鉾を持した勇壮な姿をしています。この仏は、薬師如来を取り囲む十二神将の一柱で、午の方角を守護する因達羅(因特羅)大将の像であると考えられています。

※なお「将軍」とは武将の将軍が由来ではなく、道祖神信仰に於いて道祖神のことを「シャグジ」と言い、シャグジに「将軍」の字を当てた事が由来となっています。地蔵信仰と道祖神信仰が習合した道祖神信仰の名残で、町外れや辻に「町の結界の守護神」として建てられることが多かったとされています。

また境内には、昭和の中頃に人家の下から見つかった猿田彦大神(道や旅人の神、後には天狗としても崇められる)も祀られており、この地に道祖神信仰が厚かった事が分かります。

この町には昔から大火事があったことはなく、B29の空襲でも、戦火は手前で止まり、焼け残りました。これは葛城地蔵尊のおかげだと信じられています。また、出征した町の青年30名も一人残らず無事帰還し、交通事故で亡くなった人もこの町にはいないそうで、「生き残り地蔵」ともいわれています。

INFORMATION

所在地
〒812-0036 福岡市博多区上呉服町5-147
アクセス
・地下鉄「呉服町(5番出口)」より 徒歩約10分

御供所.info