供養塔大施餓鬼は、博多の先祖の供養のために、また、飢餓、疫病で亡くなった人々を供養するために、大正元年(1912年)に建立された「高砂連供養塔」を中心とした祭りです。
この時創られた「釈尊銅像」は、残念ながら昭和19年3月 太平洋戦争による金属類回収令に基づき国へ供出、現在の石の観音地蔵尊は聖福寺通用門前の「不許葷酒入三門」の戒壇石傍にあったものをお移ししてお祭祀しています。
昔は、地元の家々の軒先に提灯が下げられ、寺の境内には夜店や見世物小屋たつなど、盛大なお祭りでした。現在でも、初盆の家々から寄進された「博多提灯」が聖福寺境内の入口付近から観音菩薩地蔵尊まで一列に並べられ、道を明るく照らしだします。
午後六時頃から参拝が始まり、総門前の境内では、地元の方々による盆踊りや夜店が出店し、賑わいます。
■運営主体/博多高砂連 ■協力/御供所地区各種団体

ひとことメモ「博多高砂連」は明治26年(1985年)、老年組として相互の親睦と社会奉仕活動を目的に設立されました。「日本で一番古い老人クラブ」とも言われています。 |


