葛城地蔵尊は、延喜年中(901~923年)地中より発見された梵字(ぼんじ)の彫刻のある石を、冷泉津の「富士見坂」を選地して地蔵尊としてまつったと伝えられています。宝満山伏が鎮護国家のため春行う峰入(みねいり)を葛城入峰(にゅうぶ)と言いましたが、このとき必ずこの地で法華経をよむ霊場になり、そのため「葛城地蔵」の名を称するようになったといいます。
将軍地蔵は天文の頃(1532~1555年)早良郡荒平城主亀井加賀守が博多津に疫病がはやった時、熊野権現を勧請し悪魔退散の祈祷を行い、後に強い将軍地蔵として葛城地蔵に合祭(ごうさい)されたものです。
祭りの運営は将軍地蔵保存会の方々が行っており、当日の朝10時より開催し、宝照院住職の読経後、お神酒、スルメを頂きます。その後、参拝者がお地蔵様に家内安全、商売繁盛、子孫繁栄を祈願し、お参りをします。
元々お地蔵様を主体としたお祭りで、本殿にはこの葛城地蔵の他に将軍地蔵も置かれており同じくお参りされています。(詳しいお地蔵様の由来については入口から通路を通った壁に飾られています。)
【その他の供養等年中行事予定】1月24日・5月24日・9月24日


